「コモ湖畔の夜に」より

 
  はじまりはこんなコメディ
 
 
「鍵がない……財布もパスポートも……」
 ユウリは真っ青な顔で呆然とつぶやいた。
すかさず、隣に立つ人物から罵声が飛ぶ。
「部屋に置いてきただと? 馬鹿か、お前は!?
「ア、アシュレイだって人のこと言えないじゃないですか!」
 
 高級リゾートホテルが立ち並ぶ、コモ湖畔の道。
夕べのひとときをのんびり散策しようとする観光
客やリゾート客が行き交う道で、大声で言い争う二人の青年の姿があった。
 アシュレイは派手に舌打ちをした。
「全くな、この俺としたことが。それもこれも出掛けにお前の準備が悪くて手間取るから」
「それは……」
 そんなことまで自分のせいにするのはどうかと、ユウリはむっとしてアシュレイを睨み返そうとするが、
開き直りの達人であるアシュレイに「俺は悪くない」と堂々とした態度をとられると、
ユウリの憤りもしょぼんと萎んでしまう。
 
 コモ湖畔のホテルに着いた二人は、湖に張り出したプライベート・ヴィラで豪勢な食事を済ませたあと、
散歩がてら外にでたところだった。
しかし、荷物をほどくのに時間がかかったユウリをからかいながらかまっていたアシュレイに電話がかかり、
先にロビーに出ることにしたユウリはアシュレイが鍵を持って出ると信じ、アシュレイはユウリが鍵を持っているだろうと
てっきり思い込んで出かけた先で双方とも鍵を持たなかったことが判明したのだった。
ちなみに、ホテルの部屋はオートロックである。
アシュレイは、ひょいと肩をすくめた。
「まあ、いい。手はある」
「本当ですか? さすが、アシュレイ」
ユウリは尊敬の目で見た。
しかし、相手はユウリの首筋に手をあててにやりとした。
「いつものアレ、やってみろ」
「は?」
「四元の精霊を呼び出して事の成就を願うやつ」
「え? そんなことに使えませんよ!」
「使えない?」
「ええ、あれは本当に窮地に陥ったとき、僕が心から願わないとだめなんですから。めったなことでは使いません」
きっぱりと宣言したユウリを、アシュレイは呆れたようにながめた。
「まさか、今まで一度も自分のために使ったことがないのか?」
「当たり前でしょう?」
「試験に合格させろとか、親に仕送りふやせとか、学食のメシを美味くしろとか」
「アシュレイ…………」
ユウリは軽蔑の目でアシュレイを見た。
実は一度だけ、ごく些細なことで試したことはあった。
(でも、アシュレイには言わないでおくことにしようっと)
心の備忘録に、しっかりと書き込んだ。
 
 
  一人の少女と剣との出会いが、その夜をスリリングなものへと変化させた

 

「飾り用の短剣。……そう古いものではないな。せいぜい十八世紀の品だろう」
「どうして、こんなものがここに?」
 十八世紀といえば二百年以上前だし、美しく飾られた短剣は十分値打ちのある芸術品であるように、ユウリには思われた。
 実用的なナイフならともかく、こんな通りに転がっているにふさわしいものではない。
博物館や貴族の館にでも収められているのがふさわしい一品だ。
「さっき走ってきた女がいただろう?」
「ええ」
「お前とぶつかった時、なにか落ちるような物音がした。おそらく、彼女が落としたんだろう」
 
  
   アシュレイとユウリは、どうやって危機を乗り越えるのか?
 

 

抵抗が止むと、アシュレイはすぐに唇を離した。
ユウリの顎を掴んだまま、目を覗きこんで静かに告げる。
 「俺を信じろ」
 ユウリは、まっすぐな視線をアシュレイに向けた。
 心臓がどきどきしている。
 恐怖で、まだ身体が震えている。
 
 
 
  ■■美麗イラストでお送りするスリリングな(?)コモ湖畔の夜に乞うご期待!■■
 
 
                           本文はともかく、イラストは百見の価値ありですv
 
 
 
 
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