『あの男は、決してお前の側に立てる人間やない。いつかは離れていく人間や―――』
(わかっている! そんなことは、はじめからわかっていた!)
涙がせり上がってきた。
二人の進む道は、同じではない。むしろ、全く違う世界を歩むべきものだ。
一時期、こうしてただすれちがっただけ。
心が苦しいのは、隆聖の言うことが真実だとわかっているからだ。
ユウリの生きる、この世とあの世、境目の世界になど、シモンを引きずり込むわけにはいかない。
そう、シモンはこんなにまっすぐ愛してくれているのに、どうして心から応えることができないのだろう。
『いつかは離れていく人間や』
そう言い放った隆聖の冴え冴えとどこか冷たい声の響きまで思い出され、真珠の粒のような涙が目から零れ落ちた。
(嫌だ! シモンの手を離したくない!)
これが、自分の本音だったのか―――。
隆聖の言うことはもっともで、離したくないというのは、ただのわがままにすぎなかった。
泣き出したユウリに驚いたシモンが、あせったように顔を覗きこんだ。
「嫌だったら、遠慮しないで嫌だと言ってほしい。黙って泣かないで」
心配そうに語りかけるシモンに、必死で頭を振った。
「そうじゃない。嫌じゃない」
「ユウリ?」
「嫌じゃないけど………」
そう言って唇をぎゅっと噛み締めるユウリ。
シモンは子どもをあやすように背中をとんとんと軽く叩いた。
「わかった。わかったよ、もう言わない。その代わり、僕の目を見てくれないか?」
顎に指をあて、そっとすくいあげる。おずおずと視線を上げると、月明かりをはじく目と目が合った。胸を上下させながら、荒く呼吸をくりかえしながら、互いに見つめあう。
見つめている時間だけは、シモンは自分のもの。
同時に、自分はシモンのもの。
そんな思いが、ユウリの涙を止めた。
シモンはかすかにほほえみ、話しかけた。
「お願いがある。今だけ、こうしていてくれないか?」
今だけ―――ユウリの耳に「今だけ」という言葉はするりと入り込み、まるで呪文のように心のカギをはずした。