「ユウリ、何かいいことでもあった?」
「え?」
講義が終わり、テキスト類を鞄に入れようとしていたユウリは、突然脇から掛けられた声に、はっとして手を止めた。
教室の隣の席に座ったオニールが、机に肩肘をつき、どこか面白そうな顔でユウリを見つめている。
「なんか、妙に嬉しそうなんだけど?」
「そうかな。………うん、まあ、そうかもしれない」
言葉を濁しつつ、何かを思い出したのか、ユウリは嬉しそうに目を細めた。語らなくてもにじみ出るような幸せのオーラに、オニールは目を細め、唇の端を緩めた。
ロンドンの中心からやや北に位置するロンドン大学。
ケンブリッジやオクスフォードといった名だたる学校に伝統では遠く及ばないが、近年では優秀な人材を数多く輩出し、様々な分野で成果を上げていることで定評のある学校である。
一時はイギリス中の話題を攫ったといっても過言ではない「神隠し」事件から無事に帰還したユウリは、予定より一ヶ月遅れで大学生活を再開させていた。
驚いたのは、どの授業を取ってもオニールが同じ教室にいたことだ。聞けば、演劇ではなく、ユウリが専攻した東洋美術を専攻することにしたのだという。当然のように隣に座り、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするオニールのおかげで、遅れた授業の内容がだいぶ理解できたのはとても助かった。
しかし、芸能人らしい華やかな容姿は目立つことこの上ない。
今も、講義を終えて教室を出て行こうとする学生たちが、必ずといっていいほど眼を向けて通り過ぎる。すると隣にいるユウリにも気づいて「ああ、あれが神隠しにあった奴か」といった好奇の目を向ける。それをオニールがじろりと睨み返して失礼な人間を退散させる、といったやりとりが何度も繰り返されていた。
オニールは、「やれやれ」と、思い切り大きなため息をついた。
「最近のユウリは性格が変わったんじゃないか? 嫌だねぇ、秘密主義みたいで!」
大げさな身振りで嘆いてみせるオニールに対し、ユウリはちょっとだけ肩をすくめた。冷たいようだが、あけっぴろげに感情を表現するオニールにいちいち付き合っていたら大変なことがわかってきたので、あっさりと対応するようになってきたのだ。
するとオニールは一転して身体を丸め、顔を寄せて声をひそめる。
「とはいえ、他ならぬ君のことだ。隠そうと思っても隠し切れない人の良さがある。要するに、バレバレだ。」
「バレバレ……?」
「君にそういう顔をさせることのできる人物は限られる、ということさ」
悔しそうに眉をよせ、唇をゆがめたオニール。華やかな顔立ちなので、そんな表情ですら男らしく魅力的である。
ユウリは、ふわっと肩の力を抜いた。やわらかな光が表情に満ちる。オニールの更なる追及をかわすように立ち上がり、鞄を肩に斜めがめにした。
「実はね、今夜ロンドンに着くんだ」
小さい声で何気なく答えたのだが、オニールには大きなショックを与えたらしい。
「あ〜あ、やっぱりそうか!」
がっくりと脱力したオニールだったが、すぐに考えを変えたらしく、ニヤリと笑って立ち上がった。ユウリの肩に手を回して、快活に話しかける。
「じゃ、夕方までは時間があるね。いい映画がかかっているんだけど、どう?」
強引だが憎めないオニールの誘いに、思わず苦笑いになる。どう切り替えそうかと考えながら、ユウリはユマとリズと待ち合わせをしたカフェテリアへと向かった。