「冬の贈り物」見本

好きなもの―――
 
 
  寒い夜に、好きな人と繋ぐ手のぬくもり
 
 
  夕闇の迫るなだらかな丘の中腹に立つ
  背の高い木の梢に掛かる銀の月
 
 
  どうしても別れがたくて、道端に立ったまま
いつまでもしゃべってしまう友だち
 
 
  そして―――
 
ユウリを巡る小さなお話を
あなたに贈ります。
 
 
「ふたご座流星群の夜」
 
 最初のうちは、熱心に星空を見ていた者たちも、いくつか流星を見て気が済んだようだ。
 次第に気が緩んできたらしく、それほど熱心な天文ファンでない者の中には、先ほどのように、たわいのない遊びを始めた者もいるし、寒さで震えている者もちらほら見られる。
「そろそろ、お開きかな」
 シモンはつぶやき、引率する教師の方へ歩いていった。二言三言、言葉をかわし、教師は大きく頷いた。
 教師は声を上げて、あちこちにばらけていた生徒たちを集め、点呼をとった。
生徒たちが集まってきたとき、二人の下級生がシモンに近づき、意を決して話しかけてきた。
「あ、あの………」
「なんだい?」
 シモンは、二人に向き直って顔を見た。他の寮の二年生だった。
「観測会を開いてくださって、ありがとうございました」
「僕たち、ほんとのことを言うと、こっそり寮を抜け出して流星を見ようかと思ってたんです」
「でも、灯りがないところに、夜中に二人で来るのは怖いし」
「どうしようかと思ってたら、先生が連れてきてくれるって………」
「先生に、観測会を開きましょうって言ってくれたのは、ベルジュだって聞きました」
「だから、嬉しかったです」
「ありがとうございました!」
 ふだんなら近くに寄ることすら難しい、学校のスーパースター的存在に話しかける機会を得て、二人は代わるがわる、堰を切ったようにしゃべり続けた。シモンは軽くかぶりを振って、その勢いを制した。
「僕はただ提案しただけだよ。観測会は、君たちみたいに熱心な生徒がいるから成り立ったんだ」
 すると、下級生は真っ赤な顔で首を横に振った。
「でも、こんな真夜中に会を開くなんて、学校や先生がよっぽど僕たち生徒を信頼していないと実現できません」
「今回は、生徒の中にベルジュがいてくれたから、学校も許可を出したって聞いたんですけれど?」
 その問いには答えず、シモンは優しい表情で下級生たちを見つめ、逆に問い返した。
「楽しかったかい?」
「はい!」
「僕も楽しかったよ」
 目を細めるやさしげなシモンの顔を間近に見た下級生たちは、口を開いてぼーっと見とれた。
そして、思い切ってもう一度たずねた。
「あ、あの〜ベ、ベルジュも、星とか、宇宙が、好きなんですか?」
 実に素朴な質問だった。普段、相手の腹を探り合うような会話に慣れているシモンは、他意のない純粋な好奇心に触れ、一瞬、何と答えたらいいものかと、答えにつまってしまった。
 適当に、そつなく答えることもできたのだが、相手のきらきらした瞳を見るうち、心を覆っている壁のドアが少し開いたらしかった。
「そうだね。星を見ていると、孤独を感じることができる。その感覚は、嫌いじゃないよ」
 
 帰り道の途中、パスカルはふと違和感を感じて周りを見回した。
「あれ、そういえば、ユウリは?」
 疑問を口にすると、ウラジーミルは「今頃気付いたのか?」と言うように眉を上げた。
「ユウリなら、今頃は部屋で寝ていると思うよ」
 シモンは、何気ない口調で答えた。
「そうか、ユウリは流星群にはそれほど興味がないようだね」
 パスカルはあっさり納得したが、ウラジーミルはすぐに否定した。
「いいや、ユウリは見たそうだったけれど、シモンが止めたんだ」
「仕方がないだろう? 彼には微熱があった。こんな寒いところに来て、熱でも出たら大変だ」
 シモンは穏やかな声で説明した。
 パスカルは黙って肩をすくめ、ウラジーミルを見た。ウラジーミルは、その視線を受け止めてニヤリと笑った。
「君たちがテレパシー送信実験で何をやりとりしたか、わかるよ」
 シモンが苦笑しながら言う。
「過保護だって言いたいんだろう? わかっているよ。でも、ユウリにとって今は大事な時期なんだ。風邪なんてひいたら取り返しのつかないことになってしまう。だから、今年は憎まれても譲らないことにしたから、悪しからず」
 立て板に水のように整然と説明され、それ以上口を挟むことができなくなったパスカルとウラジーミルは、再びテレパシー送信実験を試みた。
『守護者じゃなくて、パパだね、これじゃ』
『パパさん、自分だけ夜遊びしていていいのか?』
 
 流星観察から寮へ戻り、本館から新館の建物へと続く渡り廊下を歩きながら、シモンは新館の建物を外側からざっと見回した。
 近代的な新館の外見は味気ないもので、平らな壁に、それぞれの部屋の窓が無機質に並んでいる。
 暗い夜だったが、星明りに照らされた壁はほんのり明るい。
 と、急にシモンの顔が険しくなった。
 仲間たちに別れを告げ、他人からは不審に思われない程度に急ぎ足で自分の部屋のある階まで戻る。
 しかし、自分の部屋には行かず、まっすぐに向かったのは――――――
 
 
「ボランティアは誰のため?」
 
「うー、寒っ!」
「見栄張って、そんな薄着しているからよ」
 
 いかにも寒そうに震えながら両腕を抱いたのは、ユマ・コーエン。
栗色の髪が整った顔を縁取り、いきいきと輝く緑がかった灰色の瞳の若い女性である。
すらりと手足が長く、プロポーションがいいため、人の目をひきつける華やかな美しさがあった。
呆れたように言葉を返したのは、エリザベス・グリーン。
鮮やかな金髪に透き通ったエメラルドの瞳が、理知的で聡明な色をたたえている。こちらは正統的な美人だった。
 
 ともにロンドンの大学で学ぶ二人は、互いの用事を済ませたあと合流し、軽く食事をして、帰路についたところである。
 日はとうに沈んで空は暗かったが、彼女たちが立っている住宅街の一角の公園は、街灯や店の照明などでかなり明るかった。
 ちょうど人々が帰宅する時刻にあたり、ひっきりなしに通行人や車が通り過ぎるそばで、ちょっと立ち話のつもりで始めた話はなかなか終わらなかった。
「身体が資本の俳優なんだから、ちゃんと暖かい服装をしたほうがいいんじゃないの?」
 エリザベスことリズは、相手の服装を見て真面目な忠告をする。
冬のさなかでも、彼らがいるロンドンの街は比較的穏やかで、公園の芝生も緑色をしている。しかし、今日は冷たい北風が吹いて気温も低めである。
それにも関わらず、ユマはふわりとした短いスカートから、すらりとした足を惜しげもなく見せている。スパッツをはいているとはいえ、いかにも寒そうだ。
暖かなダウンジャケットに長いズボン、ショートブーツをはくなど、しっかり寒さ対策をしたリズとは対照的である。
「オバサンみたいに、モコモコ着込めって? それこそ冗談じゃないわ」
 ユマは顔をしかめて言う。
「大体、寒いのも我慢して貴女のグチを聞いてあげてるんじゃない。少しは感謝しなさいよ」
 
 この二人が親しく話すようになったのは、ごく最近のことだ。
 ユマは演劇一家に育ち、子役として舞台を踏んで人気を博したこともある若手の俳優。華やかな経歴と実力を兼ね備えた芸能人である。
 リズは養護施設で育ったが、学業優秀のため支援してくれる養父母を得て、その恩に報いるべく弁護士を目指して猛勉強中の真面目な学生だ。
 生まれも育った環境も異なり、本来なら知り合う機会もないはずの二人だったが、とある接点をきっかけに話をするようになった。
話してみると、頭の回転が早く、深い洞察力と思考力を持つ相手との話は刺激的で、二人は時々会っておしゃべりを楽しむようになった。
 
 リズは、ひょいと肩をすくめてみせた。
「あら、そんなこと言うけど、貴女もけっこう面白そうに聞いていたじゃない?」
「まあね、他人の不幸は蜜の味って言うから」
 悪びれずに、からりとユマは答えた。
思ったことをはっきり言っても嫌味に聞こえず、むしろ正直でオープンな印象を与える点は、従兄弟のアーサー・オニールにも共通する得な性質かもしれなかった。
 ユマは表情を改め、相手を心配するような顔になって尋ねた。舞台に立っているせいもあるのか、切り替えが早い。
「で、そんなにひどいの? イエローメイズの子たちは?」
「最悪」
 吐き捨てるように、リズは答えた。
 
 
「小さなモミの木」
 
「―――と、これでどうかな?」
「ええ、いい具合ですよ、あなた」
 フォーダム家の執事エヴァンズは、脚立にのぼり、戸口の上の壁にヤドリギの飾りをピンで押し付けた。
 赤いリボンが結ばれた、小さなヤドリギの枝である。
 傍らに立つ夫人は、同じような枝を数本手にもち、夫が飾りつけた位置やバランスを見てにっこりほほえんだ。
 エヴァンズは脚立から下り、夫人の頬にそっとキスをした。
「『ヤドリギの下』だからね」
「まあ、あなたったら!」
 少しいたずらっぽい表情で言うエヴァンズに、夫人は笑みを深くして答える。
 冬の初め、ハムステッドにあるフォーダム邸。
二人は、居間の入り口にクリスマスの飾りをつけているところだった。
「失礼します。エヴァンズさん、玄関に飾るリーズができました。これでいかがでしょうか?」
庭師の男が居間に顔を出し、手にした緑の輪を差し出した。
ヤドリギやモミの枝などを幾重にも束ねて作ったリーズには、下に赤い大きなリボンがつけられていた。
エヴァンズは破願した。
「これはまた、大きいね」
 エヴァンズ夫人も目を丸くした。
「あらあら、素敵。なんて立派なのかしら」
 庭師は、片手で後ろ頭を掻いた。
「今年はユウリ様も学校を卒業されて、うちにいらっしゃるでしょう? そう思うと、つい張り切ってしまいました」
 エヴァンズは同意するように頷いた。
「今日、お帰りになられたら、きっと玄関で驚かれることだろう」
「お顔を拝見するのが、楽しみです」
 そう言ってほほえみ、庭師はリースを取り付けに向かった。

 

 

こんな感じのほのぼの話です。

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