東洋と西洋の血を引き、日本と英国を行き来しながら成長してきたユウリは、将来、生まれ育ちから得た知識や経験を生かせる職業につきたいと考えている。
すでにセント・ラファエロ在学中からヨーロッパの美術や芸術などについて勉強を始めてはいたが、まだまだ知識の絶対量が足りない。
今回、三日間の予定でパリに来たのは、もちろんシモンに会うのがいちばんの目的ではあったが、
美術館などを見て回り、芸術の都パリにあふれている多くの芸術に触れたいと考えていた。
そんな事情も知っているシモンは、自分も合わせて休みをとり、ユウリを案内してパリをいっしょに歩こうと考えていた。
「それで、見たい美術館は決まったのかい?」
「もちろん、いちばんはルーブル!」
「なるほど。じゃあ、それでおしまいだね。」
勢い込んで言うユウリに対し、シモンの声はちょっとからかいを含んでいる。
「え、そんなぁ……。」
冗談だとわかっていても、想像しただけでがっかりしてしまう。
世界に名だたるルーブル美術館は、絵画や彫刻だけではなく、工芸品や家具、学術資料など多種多様で膨大なコレクションを誇り、
一通り見るだけでも三日間では足りないほどである。そうはいっても、三日間ずっとルーブル通いでは、なんだか寂しすぎる。
情けなさそうなユウリの声に、思わず笑ってしまったシモンは、あっけなく前言を撤回した。
「じゃあ、見たい範囲を少し絞ろう。他には?」
ユウリは、ほっとして続けた。
「それから、歴史的建築物の実例が見られればいいなと思っているんだけど。」
「じゃあ、ガロ・ローマン時代の遺跡が残る、クリュニューなんかはどう?」
「クリュニューも見たい! たしか一角獣のタペストリーがあるんだよね?」
「そう。一角獣のタピスリーが……。」
同じ物を表す言葉をフランス語で言いながら、シモンは前を向いてふっと柔らかな息をもらした。
何か胸に思うことのあるような、静かなため息だった。
ユウリは、続く言葉を飲み込んだ。シモンから視線を逸らして、町並みを眺めるふりをした。
どこか、そこはかとない違和感があるような気がした。しばらく離れていたせいだろうか。
長い休みのあとに学校の友人と再会したときには、感じが変わったように思ったりするものだ。
最初のうちは、ちょっとぎこちない感じがすることもあるだろう。
きっとそれに違いないと、ユウリは自分自身に言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
シモンのアパルトマンは、上品で明るい色合いのファブリックや調度品でまとめられた、心地よい空間だった。
晴れやかな空のような水色のカバーがかかったソファは、腰を下ろすと体がやさしく包み込まれ、ほっとするような座り心地のよさだ。
「素敵な部屋だね。」
手触りのよいクッションを軽く叩きながらユウリが感心したように言うと、シモンは軽く首をすくめて答えた。
「部屋のインテリアは母の趣味だよ。僕の世話をするのも久しぶりのせいか、張り切ってしまったみたいだ。」
「いいお母さんだね。」
気持ちの良い部屋を見回して、ユウリは心からそう言った。
シモンのパリのアパルトマンは、一介の学生が住むには破格の環境だった。
居間、寝室、キッチン、書斎に客用寝室まである。家族で住んでも十分なほど広い。
通りに面した背の高い窓からは、鉄製の黒い唐草模様のベランダが見え、その先にはからりと晴れ上がったパリの秋の空が広がっていた。
シモンの部屋でコーヒーを飲みながら、二人はテーブルの上にパリの地図を広げた。
どこに行こうかとルートを話し合うだけで、楽しい気持ちが盛り上がってきた。
パリには無数の美術館、博物館、ギャラリーがあるので、シモンもガイドブックを片手に情報を調べている。
先ほど、車の中で感じた違和感は、いつのまにかどこかへ消えてしまっていた。
◇ ◇ ◇
地下鉄の入り口の機械にカルネ(切符)を入れると、ガコッと派手な音がしてゲートが開く。
狭い隙間を通ると、地下鉄の丸いトンネルがくねくね続く通路に出た。
ポスターがべたべたと貼られ、くたびれた印象の古い地下鉄のトンネルも汚れの目立つ階段ですらも、観光客のユウリには目新しい。
RPGの冒険の途中みたいに感じて、なんだか浮き浮きした気分になってくる。
ユウリは、知らずのうちに笑みを浮かべていた。
「なんだか、シモンが地下鉄に乗るって、意外な感じがする。」
「そうかな?」
「いつも運転手つきの車で移動していそうだよ。」
「そう思わせておこう。」
いたずらっぽくウィンクして笑うシモン。
先に立って歩き、階段をリズミカルにトントトンと駆け下りると、くるりと身を翻してユウリが降りてくるのを待っていた。
こんなにのびのびとしたシモンを見るのは初めてかもしれないと、笑顔をまぶしく見ながら、ユウリは思った。
セント・ラファエロにいたときより肩の力が抜けて、のびのびとしているように見える。
大都会パリには、大勢の人間が暮らしている。
シモンがベルジュ家の跡取りだと知っている人間もかなりいるかもしれないが、そういう人種は地下鉄を利用したりしないし、ましてやシモンが利用しているとは想像もしないだろう。
仮にすれ違ったとしても、よく似ているただの若者だと思いこむ可能性は高い。
万が一、本人だとわかっても、こんな場所で社交的な挨拶を交わすのも無粋なことだから、まず声をかけてくることはないだろう。
都会の街中では、シモンを特別扱いする者はいない。
だから気楽でのびのびしているのかなと、ユウリは推測した。
ただし、すれちがう女性のほとんどが振り向いて見るほど目立つ容姿なのを、本人は気にもとめていないようである。
◇ ◇ ◇
二人は、まずカルチェ・ラタンにあるクリュニュー中世美術館へと足を運んだ。
地下鉄を降りて街角を歩くと、いきなり苔むして崩れかけた古い壁が現れた。三世紀に作られたガロ・ローマン時代の公共浴場の跡だ。
そのとなりにあるゴシック様式の建物は、十五世紀後半にベネディクト派のクリュニュー修道院長ジャック・アンボワーズが修道士たちのパリ滞在時の館として建造したもので、現在は、中世の工芸品や美術品を展示する美術館として公開されている。
収蔵品はステンドグラスから彫像、聖杯やさまざまな聖遺物入れ、タピストリーと、世俗的なものから教会関係のものまで幅広い。
建設当時の姿のまま残っている小礼拝堂は、小規模ながらもゴシック建築の美しさを今に伝える名建築である。
教会内部の座席をそのまま移転して展示している部屋にやってきたユウリは、座席に彫られた彫刻がひとつひとつ違うのに驚かされた。
さまざまな寓意を彫刻で表現しているといわれるそれは、表情豊かでユーモラスだ。
また、象牙細工の繊細な細工と美しさには、じっと見ていても見飽きることがなく、思わずため息がもれるほどだった。
「なんだか、中世美術のイメージが変わってしまいそうだよ。こんなに豊かで、技術力が高いなんて思わなかった。」
廊下を歩きながらユウリが言うと、シモンも肯いた。
「中世の絵画などは、どこか稚拙な感じがするものもあるのだけれど、ここに収められている工芸品は技術的にも見事だね。でも、いちばん驚かされるのは、あれだと思うよ。」
「あれ?」
「そう。あのタピスリー。」
「貴婦人と一角獣」のタピスリーは、照明を落とした、ほの暗い部屋に展示されていた。
「これが、多くの詩人や画家にインスピレーションを与えたという一角獣のタピスリー。
「貴婦人と一角獣」という名称で知られているが、実際には貴婦人と一角獣とライオンがメインに描かれている。
一五世紀末にフランドル地方で製作され、ブサック城に飾られていたものを、買い取ったもので――――――」
シモンが、ユウリにだけ聞こえるくらいの小さい声で説明するが、タピスリーに圧倒されたユウリの耳にはほとんど届いていない。
(なんて見事なんだろう!)
タピスリーの前に立ったユウリは、言葉も忘れて作品に見入ってしまった。
照明を落とした部屋には、壁面に六枚の同じシリーズのタピスリーが掛けられている。
中央に描かれた天幕の下には、美しい衣装や宝飾品を身につけた優美な貴婦人がすっと立ち、両脇にはライオンと一角獣が、ときにはいかめしく、ときには甘えるかのようにたわむれていた。
それぞれの絵柄は、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚の五感を表すと言われている。
たとえば、聴覚を表すタピスリーでは、貴婦人がハープを奏で、その膝に前足を乗せた一角獣が、うっとりと音楽に聞き入っているといった具合だ。
絵にはさまざまな動物や植物も写実的に描かれており、まるで花の咲き乱れる草原のようにも見える。
そして六枚目は、見る者の心に謎を投げかける不思議な一枚である。
貴婦人は手にした宝石を、侍女が掲げる宝石箱にしまおうとしている。
見る者によっては、逆に宝石を取り出しているところで、この絵は一枚目にあたるものだと考える説もある。
絵の上の方には「我が唯一の望み」という文字が刻まれている。
六枚目のタピスリーは、五感を表したものではないと言われている。
貴婦人のしぐさや文字がどういう意味をもつのか、五感でないとしたら一体何を表しているのか、さまざまな推測がなされ、明確な答えは出ていない。
ユウリは、タピスリーが織物でありながら、あまりに繊細な表現をしているさまに驚いた。
貴婦人のまとう薄絹が、ふわりと風になびいている様子まで、糸の色を微妙に変えることでリアルに表現されているのだ。
絵に描いたならばわかるが、織物で表現する技術力の高さには、思わずうなってしまった。
(これが十五世紀の作品? 信じられない!)
感嘆のため息をつき、そばに立つシモンに話しかけた。
「この六枚目、不思議な作品だね。」
「そうだね。見ていると吸い込まれそうなほど魅力的だ。ユウリは、この一枚は何を表していると思う?」
ユウリがタピスリーをどう表現するか、興味津々といった表情で、シモンが問う。
「うーん……『出家』、かな?」
「シュッケ?」
「日本語で、俗世を離れて仏の教えを守る生活に入ることだよ。
この貴婦人は、ドレスは美しいけれど髪が短くなっているし、宝石を箱にしまって、まるでこれから修道女にでもなるみたいな感じがする。」
「なるほど、世俗の美や財を捨て、神への奉仕を選ぶ。それが『我が唯一の望み』というわけだね。」
シモンに言い直されると立派な内容になってしまい、ユウリは思わず苦笑してしまう。
「シモンは、どう思ったの?」
「うん、僕も君と似たようなことを感じたよ。
五感の快楽を超え、世俗の美や栄誉、財を超えるものこそ最上であるという価値観を表しているように思った。
世俗を超越しているもの―――この場合は神への『献身』と呼んでも差し支えないと思う。」
「献身か……。たしかに、この貴婦人は自分の足ですっくと立っていて、かっこいいね。
まるで、自分の生きる道を見つけました! と言っているみたいだ。」
ユウリの解釈に、シモンはやわらかくほほえんだ。
「シモンの家に飾られていたタピスリーとは、似ているけれど、ちょっと違う感じがする。」
「どんなふうに?」
「似ていると思ったのは、表現方法かな。人物や一角獣はけっこう写実的に描かれているのに、背景がリアルに描かれていないところ。」
シモンは肯いた。
たしかに、両方とも背景は一色に塗りつぶされて、動物がぱらぱらと配置され、隙間を花々が埋めている。
「花園に立っているみたいで、とてもきれいだ。こんなタピスリーが壁に飾ってあったら、華やかだろうな。」
「そうだね。中世の城館は採光があまりよくなかったから、部屋は暗くて寒かった。
タピスリーは保温効果を狙ったものだったそうだけど、雰囲気を明るくするにも効果があったと思うよ。」
「人物がこれだけ大きく、等身大に描かれていると、なんだか変な感じがしたかもしれない。」
「おもしろいことを言うね。」
感心したように頷くシモン。
「僕は、これは楽園の比喩だったのかもしれないと思う。」
「へえ?」
とっぴな意見に、ユウリはとまどった。
タピスリーが、楽園を表しているって?
「ほら、タピスリーというのは一枚の四角い布だろう?
この枠の中に花が咲き乱れ、美しい貴婦人がほほえみ、伝説の生き物が息づく。まさに楽園を描いたものだ。
この、四角い範囲で区切られているというのは、閉じられた庭の比喩に通じるものがある。」
ユウリは以前読んだ美術書の説明文を思い出そうと試みた。
「ええと、中世の絵画にも登場する『快楽の庭(プレジャーガーデン)』とか?」
「そう。」
よくできましたというふうに、シモンは肯いた。
「楽園というものは、荒々しく厳しい外界から守られた、聖なる場所だよね。
この一枚のタピスリーに描かれた庭の情景は、この世の苦労や辛さから離れて、夢の世界を垣間見させてくれる精神安定剤だったのかもしれない。」
シモンの方が、よっぽどおもしろいことを言うと、ユウリは思った。
暗い城の冷たい石壁の一画に、明るく、暖かな光を放つかのようなタピスリーがかかっている情景を思い描いてみた。
タピスリーの中は、いつも春だ。花が咲き、小鳥がうたい、かわいい動物がたわむれる。
人物も、犬や猿などの動物もほぼ等身大なので、じっと見つめていると、絵の中に入り込んでしまうような錯覚に陥るかもしれない。
自分も絵の世界から現実世界に戻ってきたような気がして、ユウリは、ふうっとためいきをついた。
満ち足りた、幸せな心地がした。
シモンとこうして話していると、時間がたつのを忘れてしまいそうだ。
セント・ラファエロにいたときには、こんな幸せな時間がよくあったっけと、懐かしく思い出した。
◇ ◇ ◇
通りに面したカフェの椅子に腰掛け、ユウリは眉間を指で軽く押した。
目を使いすぎて、さすがに疲れた。
シモンはウェイターにコーヒーを注文した。
からりと晴れた気持ちのよい秋の一日で、通りにはたくさんの人出があった。
若者が多いのは、このあたりに大学や学校が多いからだろう。
コーヒーを待つ間、ユウリは買ったばかりの美術書を開いてタピスリーの図版を眺めた。
「この一角獣、なんだか幸せそうだ。貴婦人の膝に乗って甘えたり、誇らしげに紋章を持ったりして。」
言いながら、ユウリは、またベルジュ家のギャラリーに架けられていたタピスリーを思い出した。
二年前の夏休み、はじめてシモンの家を訪れたときのことだった。
城の中を案内してもらい、美術品を見て回ったときに、大きくて美しい一枚のタピスリーを見せてもらった。
フランスの古城からアメリカの財閥に買い取られて、今はメトロポリタン美術館に飾られているという一角獣のタピスリーで、「一角獣狩り」と呼ばれる七枚つづりの作品である。
シモンは、その最後の一枚を忠実に復元させたレプリカをロアールの実家に飾っていたのだ。
「シモンの家にあったタピスリーに描かれていた一角獣は、なんだかちょっと寂しそうに見えた。画面の中央にたった一匹だけ描かれていたせいかな。」
千の花の咲き乱れる楽園の檻に囚われ、鎖でつながれた一角獣の寂しげな瞳。
囚われていても、首をしゃんと起こし、居ずまいを正す美しく誇り高い一角獣。
精巧なレプリカを作らせるほど、あの作品が気に入っているらしいシモンは、あの作品のどこにそれほど惹きつけられたのだろうか。
「どうして人は一角獣を捕らえたがったのだろうね。」
ぽつりともらす声に、思い出に浸っていたユウリは本から顔を上げた。
すると、向かいの席のシモンはやや目を伏せて本の中の図版を見つめていた。
その涼しいまなざしはまっすぐにタピスリーに向けられていたが、心の中には何か違うものを見つめているかのような、遠い目をしていた。
「庭という守られた美しい場所に、尊い一角獣を囲う。そのことで、人々は安堵したかったのだろうか。」
「安堵?」
ユウリが問い返すと、シモンは、はっと我に返ったような表情になった。
ユウリに向かって話しかけたのではなく、ついもらしてしまった言葉だったようだ。
ユウリに問われて、説明の言葉を重ねる。
「守られた庭にいれば、一角獣はもう傷つかないし、奪われることもないだろう?」
「―――どうしてそんなに一角獣を欲しがるの?」
「一角獣の角は解毒作用があると信じられていたから、中世の王侯貴族は目の色を変えて欲しがったそうだよ。
でも、そんな実用的な目的だけじゃない気がする。君だったら、一角獣を捕らえたいと思うかい?」
いきなり自分に問いの矛先が向いて、ユウリは首をひねった。
狩りは英国貴族の伝統だというが、自分は狩りをしたことはない。
幼い頃は虫をつかまえて飼育していたこともあったが、バッタと一角獣では比較にならないだろう。
「うーん、それって、単に動物を捕らえるという話?」
問い返すと、シモンは優雅にうなずいた。
「なんであれ。欲しいものや手に入れたいものだとしたら?」
「物だったら、手に入れたいと思うかもしれない。でも、動物だったらどうかな。
自然環境のままに置いた方がストレスが少ないし、自由に生きられるだろうから、僕だったらあえて捕らえようとは思わない。
もっとも、自然環境が悪化していたり、危険が迫っていたりしたら、話は別だけれど。」
ユウリの言葉に耳を傾けていたシモンは、軽く何度か頷いた。
「そう、それは極めて現代的な考え方だね。一角獣に、生きものとしての尊厳を認めるから、無理に生命を脅かさないという考えは。」
シモンは、そうかと唇の動きだけでつぶやいた。
「一角獣狩りのタピスリーに、少し違和感を感じていたんだけど、こういうことなのかもしれない。
あの一角獣は、ごくふつうの動物のように狩られたのにもかかわらず、動物ではないんだ。
聖なる生き物であり、人間と同じように理性や心を持つものとして扱われている。
ユウリが彼を見て『寂しそう』だと思ったのは、彼に人格を認めているからじゃないかな。」
「つまり……囚われた一角獣を見て『かわいそう』とか『寂しそう』だと思うのは、現代人の見方だってこと?」
「ふつうはね。でも、あれは単なる動物ではなく、気高い魂をもった生き物として製作されたのではないかと思う。
実際、あの姿はキリストの受難を暗示しているとも言われているそうだし。」
ユウリは、頭の中でシモンの意見を整理してみた。
一角獣が人格(?)をもった生き物だとしたら、それを捕らえるのはなぜなのだろうか。
シモンの言うように、貴重な生き物だから、捕まえて保護しておきたかったのだろうか? 自分のものにしたかった?
(難しい―――!)
眉間にしわを寄せて考え込んでしまったユウリを見て、シモンは苦笑し、軽くかぶりをふった。
「ごめん、これは単なる僕の独り言。君の勉強の参考にはならないよ。忘れて。」
「ううん、とんでもない! ええと、どうして人は一角獣を捕らえたがったのだろうか、だったよね?」
何気なくもらした一言を繰り返す相手に対し、シモンは、弱ったというように苦笑を浮かべた。
「そして、一角獣を庭で守り、保護したのはなぜか、という話。
逃げる一角獣を狩って、傷つけて閉じ込めたのに『守る』と表現するのは矛盾しているけどね。」
「そんなに一角獣が欲しかったのかな……。」
「欲しい」という簡潔な単語を聞いて、シモンは「なるほど」と頷いた。
「そうか、単純に欲しかったからと考えるのが、もっとも純粋な意見かもしれないね。」
「庭」とはどんな場所なのか、「守る」とは―――
そして、シモンの唯一の望みとは―――