お茶占い      

 

 

 

 
それは、まだ魔術師がヴィクトリア寮旧館の最上階にいたころの話。
 

ソファで雑誌を読んでくつろいでいたユウリは、部屋のドアをノックする音で顔を上げた。

ドアが開いて、隙間から顔を出したのは意外な人物だった。

「お、いたな。ちょっと付き合え」

「…アシュレイ!?」

付いてくるのが当然といわんばかりに、アシュレイはドアを開けたままきびすを返そうとした。

「待ってください。付き合うって、どこにですか?」

ユウリは困惑しつつ、あわてて腰を上げた。

「俺の部屋だ」

ユウリはほっとした。

突然誘われて、一体どこに連れて行かれるのかと思ったら、単に隣のアシュレイの部屋とは。

と同時に、疑問も湧いてくる。

「アシュレイの部屋で、何かあるんですか?」

「なけりゃ呼ぶはずないだろう? 少しは脳を使え」

傲慢な言い方は相変わらずだ。

仕方がないと諦めてアシュレイに続いて部屋に入ろうとしたとき、すぐそばから声を掛けられた。

「ユウリに何の用ですか?」

「シモン!」

いつの間にか、廊下にシモンが立っていた。会議から帰ったばかりなのだろう。

手に書類を抱え、わずかに警戒するように水色の目をすがめ、アシュレイの様子を注意深く伺っている。

アシュレイは、シモンの硬い声ににじむ警戒心をあざ笑うように、唇に余裕の笑みを浮かべてみせた。

「まあいいか。うるさい小姑でも頭数合わせにはなるだろう」

シモンはユウリの顔を見て「どういうことだい?」というように首をかしげた。

自分もよくわかっていないユウリは、「さあ…」と首をすくめるしかなかった。

 

アシュレイの部屋のエキゾチックなテーブルの上には、ボウルや茶碗、ポットなどが並べられていた。

お茶の用意のようにも見えるが、キッチンで料理に用いるようなレードルなど、不思議な道具もある。

「一体、何を始めるつもりですか?」

シモンが質問すると、アシュレイは卓上ポットのスイッチを入れながら答えた。

「ちょっとした新年の余興だ。今年の運勢を、茶で占う」

「へえ、お茶占いですか」

ユウリは興味を引かれてテーブルの上を覗き込んだ。

「この赤い実は?」

「クコの実だ。ドライフルーツをはちみつに漬けて柔らかくしてある」

「お茶受け…ですか?」

「違う。いいから、黙って見てろ」

ユウリとシモンが興味深そうに見守る中、アシュレイは手際よく準備を進めていった。

ガラス製のポットに紅茶の茶葉らしきものを入れ、熱湯を注ぐ。

ユウリが茶葉の入っていた袋を見ると、中国語のラベルが貼ってあった。

漢字だったので、ユウリにも読むことができた。

「中国紅茶。浙江省の九曲紅梅?」

「英国の紅茶のように、葉が裁断されていないんですね」

シモンが身をかがめ、ポットを横から覗き込むようにして言う。

「これは新芽の紅茶だ。新芽だけ摘んで緑茶のように揉んで発酵させ、

 撚って仕上げる。だから裁断する必要はない」

「なるほど」

アシュレイの説明を聞いて、シモンも少し興味を引かれた様子だった。

 

アシュレイはボウルに赤いクコの実をスプーンですくい入れ、その上から紅茶を注いだ。

紅茶の中に、赤い実が沈んでいるのをレードルで軽くかきまぜ、

目を天井に向けながら紅茶を掬い、陶製の茶托に乗せた茶碗に注いで蓋をした。

同じ動作をもう2回繰り返し、3客の茶碗の場所を入れ替えて一列に並べた。

「この中に入っているクコの実の数で、今年の運勢を占う。まあ、たわいのない新年のお遊びだがな」

アシュレイはまずユウリに声をかけた。

「ほら、一つ選べ」

ユウリは、蓋のついた茶碗にひとつずつ目を転じた。

「どれにしようかな……」

真剣に選ぼうとするユウリを見て、シモンがほほえましそうにちらりと口の端を上げた。

「これにします」

そう言って、ユウリは右端の茶碗を引き寄せた。

しかし、蓋を開けようとはせず、ただにこにことしている。

「開けないのか?」

アシュレイが不思議そうに尋ねると、ユウリはふふっと笑った。

「あとで一斉に開けませんか? その方が楽しそうですよ」

「なるほどな」

「それはいいね。じゃあ僕はこれを……」

そう言ってシモンが手を伸ばしかけた先の茶碗を、脇からさっと伸びたアシュレイの手が遮り、

するりと手元に引き寄せた。

「俺はこれにする」

子どもっぽい仕草に半ば呆れたような、半ばむっとしたようなシモンの視線をあっさりかわし、

アシュレイは蓋碗を茶托ごと手にした。

仕方なく、シモンは残った茶碗を引き寄せた。

「では、3、2、1、オープン!」

ユウリがカウントダウンし、一斉に蓋を開けて茶碗の中を覗きこんだ。

ユウリの茶碗に入っていた赤い実の数は、5個だった。

「僕は5個ですよ。5個だとどういう運勢なんですか?」

アシュレイは、「ほほう」と感心したように頷いた。

「なんともお前らしい結果だな。5個だと『五福亭』、つまり『モテモテ』だ」

「・・・はぁっ!?」

「お前は妖精とか精霊とか、人じゃないものにも好かれるだろう?」

「そ・・・それは・・・」

ユウリは困ったようにアシュレイから茶碗の中の赤い実に目を転じた。

たしかに異形のモノに好かれる覚えはあるが、

今年もそういった運命が待ち受けているのだとしたら、あんまり嬉しくないかもしれない・・・

すると、ユウリの困った顔を見てもう満足したのか、アシュレイがあっさりと翻した。

「というのは冗談で、五福というのは『大きな幸せ・精神的な幸せ・

美味しいものを食べて感じる満足感・貴重なもの美しいものが見られる幸福感・

もてもての幸福感』のことだ」

「なんだ・・・・よかった」

ほっと安心したように、ユウリは息をついた。

「でも、やっぱりもてもてなわけだ・・・」

シモンが小声でぼそりとつぶやき、何かを案ずるかのように眉を顰めた。

「え?」

「いや、なんでもないよ。ところで、僕は9粒だったのですが、これはどういう意味になるんでしょう?」

アシュレイは、とたんに面白くなさそうにフンと鼻をならした。

「つまらん」

「・・・アシュレイ」

鉄壁の理性を誇る流石のシモンも、度重なるアシュレイの不遜なリアクションに

忍耐力の限界を試されているような気分になってきた。

「9粒は『鴻運長久』、つまり、『本当に大きな幸せがやってきて、それがいつまでも続く』という意味だ。

これ以上恵まれてどうするんだ、お貴族様」

つまらなさそうにアシュレイは説明したが、それを聞いて喜んだのはユウリだった。

「すごい! いい運勢じゃない、シモン?」

「まあね、本当の幸せがくるといいのだけれど」

シモンは苦笑いして、茶碗の中を覗きこんだ。

こんな小さな実の数で運勢などわかるわけはないと十分承知しつつも、

つい信じたくなってしまうのが人情というものだろう。

他ならぬアシュレイが準備したお茶というシチュエーションもまた微妙なものだが、

シモンとしては自分以上に親友の幸運を願わずにはいられない。

「最後はアシュレイですよ。アシュレイはいくつでしたか?」

無邪気に声をかけるユウリの声に、シモンはさっと意識を引き戻された。

「俺か? 俺は10個だ」

「へえ、いちばん多かったんですね。10個だとどういう運勢なんですか?」

アシュレイは、ふっと余裕の笑みを浮かべた。

「『十全十美』、つまり完全無欠で申し分がない、今年は何も心配することはないという意味だ。

 俺にぴったりの運勢だな」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

なんと言葉を返してよいやらわからずに固まってしまったユウリとシモンの心によぎったのは、同じ文言だった。

 

さすがはアシュレイ!!

 

 

 

<おまけ>

 

1粒 一帆風順 順風満帆

2粒 双喜臨門 喜びが同時にやってくる

3粒 三星高照 幸せ・富み・長寿の幸運

4粒 事事順利 何事もうまくいき、思い通りになる

5粒 五福亭

6粒 六六大順 六親、つまり家族が何事もなく幸せ

7粒 七輝当頭 輝かしいことが目の前まで

8粒 逢八必発 素敵な出会い

9粒 鴻運長久

10粒 十全十美

10粒以上の場合も十全十美とする

 

 

 

 

 

 

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